盛り上がっていきましょう
■一口で言えば仲正さんは、多くの人間が暗黙に前提とする共同性を、論理において疑う人というよりは、そもそも実践において生きない人なのだ。そのことが、例えば「宮台は共同体主義者だ」という認識をもたらすことにも、貢献していると感じる。
■仲正さん本人にとって「暗黙の共同性を実践において生きてしまいつつ論理においてそれを中和しようとする」私のような志向は意味がない。なぜなら、論理によって中和すべき暗黙の境界設定の内側に、仲正さんはいないからだ。だから私が「向こう側」に見える。